通えていることと、余裕があることは同じではない。見えていない疲れが、帰ってから急に押し寄せる日もある。

朝からすでに疲れている日がある

朝起きる時点で、もうしんどい日がある。目が覚めても身体が重くて、布団から出るまでに時間がかかる。支度をしながら、今日は休んだ方がいいのかもしれないと何度も考える。

靴下を履くところで一度止まる日がある。玄関を出る前から、もう一日の半分くらいを使ってしまったように感じることがある。

それでも休む連絡をする気力がなかったり、休みが続くことへの不安があったりして、結局家を出る。休む連絡そのものが重いという話は、休んだ日の扱いで、事業所との相性が見えるにも書きました。通所できた日は、調子がよかった日ではなく、休む決断ができなかった日なのかもしれない。

電車やバスに乗るだけで疲れることもある。人の声、足音、外の明るさ、時間に遅れないようにする緊張。作業所に着いた時点で、もう一日の半分くらいを使ってしまったように感じる日もある。

通所中に普通に見えることと、楽なことは違う

通所中は、できるだけ普通に見えるようにしている。変に心配されたくないし、説明するのも疲れる。だから、挨拶をして、返事をして、作業の手順を聞いて、できる範囲で淡々と動く。

席に着いているだけで、内側ではずっと帰る時間を数えていることもある。

でも、普通に見えることと、楽なことは違う。表情を整えているだけのこともある。声のトーンを落とさないようにしているだけのこともある。

周りから見れば何も問題がないように見えるかもしれない。でも内側では、早く帰りたい、静かな場所に行きたい、今日はもう人と話したくない、と思っている日がある。

帰ってから何もできなくなる

通所した日は、帰宅後に何もできなくなることがある。玄関で座り込んだり、着替える前にしばらく動けなくなったりする。食事もお風呂も後回しになって、ただ横になるだけで時間が過ぎる。

その日の作業量だけを見れば、そこまで大変そうには見えないかもしれない。けれど、通うための準備、移動、周りに合わせること、普通に見せることも、全部まとめて疲れになる。

休日に反動が来ることもある。休みの日なのに何もできない。好きなことをする気力もなくて、ただ回復に使うだけで終わってしまう。通所できている裏側には、そういう見えない支払いがある。

「来れているから大丈夫」と扱われるつらさ

通所できていると、「この人は大丈夫な人」と見られやすい。もちろん、支援する側にも悪気はないのだと思う。目の前に来られていて、作業もできているなら、より困っているように見える人へ配慮が向くのは自然なのかもしれない。

それでも、『来れているから大丈夫』という見られ方が続くと、少しずつ苦しくなる。しんどさを見せないようにしているほど、しんどくない人として扱われてしまう感じがある。

本当は助けてほしい日もある。でも、普段なんとか通えているからこそ、急に言い出しづらい。『今さら?』と思われるのではないかと考えてしまう。

言い出せないままの困りごとを言葉にするための整理は、合理的配慮をお願いする前に、困りごとを言葉にするに置いてあります。『来れている人』ほど、相談の入口が遠くなる気がします。

通所できている人にも、在宅にしたい理由がある

本当は在宅にしたい理由がある人も、それでも通っているだけかもしれない。体調の波があって、移動だけで削られて、帰宅後に何もできなくなる。それでも、制度や事業所の方針、自分の不安、周りの目などがあって通っている人もいると思う。

通所しているから、在宅が必要ないわけではない。通えているように見えるから、負担が軽いわけでもない。むしろ、見えないところで無理を重ねているからこそ、表面上はなんとか保てていることもある。

しんどさが見えないからといって、しんどくないわけではない。その当たり前のことが、作業所の中では意外と見落とされやすい気がする。

同じように感じた人へ

もし、通所できている自分を見て『もっと頑張らないと』と思っているなら、少しだけ立ち止まってもいいと思う。

通えていることは、元気な証明ではない。無理をしていない証明でもない。今日そこに行けたこと自体が、もうかなり力を使った結果かもしれない。

通えている自分を責めすぎなくていい。帰ってから何もできない日があっても、休日に反動が来ても、それは怠けではなく、通うために使った力の跡なのだと思う。

入所して最初の一ヶ月にこの疲れが強く出る人の話は、体験のときとは違った。正式に通い始めて最初の一ヶ月にもあります。

研究や相談の言葉に置き換えるなら

『通えているから大丈夫』への違和感は、そのままだとただの不満に見えやすい。でも、通所後の反動、翌日の疲れ、短時間勤務への不安、休憩の取り方として分けると、相談の材料になりやすい。

制度や研究の入口としては、就労アトラスの在宅・通所と配慮の研究ガイドと、短時間勤務へ進む前の整理を置いておきます。

在宅利用そのものをめぐる制度の動きについては、B型の在宅利用が“例外的な取り扱い”になったという話にも書きました。「原則通所」という言葉を受け取った側の記録です。

ここで言いたいのは、何かを必ず配慮してもらえるという話ではありません。『通所できています』の後ろにある疲れも、相談してよい材料かもしれない、というところまでです。

『行きたくない朝』そのものについては、作業所に行きたくない朝は、休めない朝でもあるに分けて書きました。

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