辞めたいと思う自分を責める日と、辞められない自分を責める日。どちらの日も、私の中では晴れない。
「辞める=逃げ」という呪文
辞めたいと言うと、たいてい二つの返事が来る。「もう少し頑張ってみたら」か、「そんなに無理するな」か。どちらも優しい言葉なのに、どちらも私の気持ちの上に誰かの手を置いてくる。
辞めることを逃げと呼ぶ風潮がある。けれど、合わない場所に無理をして体調を崩す方が、結果として遠回りだったという話は、周りからも耳にする。
無理を続けた先で戻りにくさが積み重なる感覚は、休んだ日の扱いで、事業所との相性が見えるに書いた通り。休み方の相性が悪い場所ほど、「辞めたい」は膨らみやすい気がします。
逃げかどうかを決めるのは、辞めたあとの自分だ。辞める前の私が決めることじゃない。
辞めた人を、どう見ているのか
作業所を辞めた人のうわさを聞くとき、なぜか少し暗い気持ちになる。それは辞めた人が悪いからではなくて、「辞めたあとどうしているか」の情報があまりに少ないからだと思う。
うまくいった人の話は届く。途中で降りた人の話は、なぜか消える。だから辞める未来だけが、真っ暗なまま想像される。
暗闇の中の飛び込みと、照明のある階段の下り方。必要なのは勇気ではなくて、後者の情報なのだと思う。
辞めたい理由を、仕分けてみる
辞めたいの中身を仕分けると、いくつかに分かれる。場所が合わない。支援が不要になった。単純に休みたい。別の場所に行きたい。人間関係がつらい。工賃や賃金が生活に合わない。
仕分けると、辞める以外の解決策があるものが出てくる。在宅と通所のあいだに、中間地点はないのかに書いた通り、日数や形を変えるだけで軽くなるものもある。
同時に、仕分けても残るものもある。それが本当の「辞めたい」なのだと思う。残ったものは、嘘をつかずに大事にしていい。
辞める前に、確認しておきたいこと
辞めることを悪いこととして扱わないためには、目をつぶらず現実を見る方がいい。退所の手続き、障害年金への影響の有無、収入の変化、次の居場所の有無。調べられることは、市町村の窓口や相談支援専門員に聞ける。
働き始めたら支援が終わる、と思うと怖いにも書いたけど、辞めたあとの支えは、事前に確認した分だけ見えてくる。
確認することが即、実行につながるわけではない。ただ、知らないままの不安より、知った上での迷いの方が、少しは立て直しがきく。
同じ気持ちを抱えた人へ
辞めたいと思っている。それだけの状態が何ヶ月も続いているなら、その重さは本物だと思う。軽く扱われても仕方がない。
辞めてもいい。続けてもいい。ただ、どちらを選んだ日にちだけは、自分の言葉で記録しておいてほしい。「なんとなく続けた」「なんとなくやめた」ではなく、選んだ日のこととして。
辞めたいを言葉にする前に家族の反対が立ちはだかる話は、家族に反対されて、通うのが少し遠くなったにもあります。辞める話と続ける話は、家の中では別の形を取るのだと思います。
このページは、どちらの選択も応援するためにあるんじゃなくて、どちらの選択も責められないように、ここに置いてある。