天気予報を見るのは、明日の計画のためじゃなくて、今日の自分を説明するためだ。
「雨のせい」は、言い訳に聞こえるリスク
休む連絡に「低気圧の影響で体調が…」と書くのをためらう。雨の日の体調不良を理由にすると、言い訳のように聞こえる気がして、結局「体調不良」の二文字で済ませてしまう。
でも、気圧の変化で体調が変わる人は実際にいる。それを理解している人とそうでない人で、同じ一言の重みが違う。
説明の難しさは、合理的配慮をお願いする前に、困りごとを言葉にするに書いた構造そのものだ。困りごとが見えにくいほど、言葉にするコストが上がる。
季節の変わり目は、長い時期が続く
春から夏、夏から秋、秋から冬。季節の変わり目は年に四回あるように見えて、実際はもっと細かく訪れる。気温の上下、日照時間の変化、湿度。
体調の波が季節と同期している人は、カレンダーより先に季節を感じ取っているとも言える。それは敏感さであって、弱さではないのだと思う。
契約更新の時期になると、少し息を止めるに書いた緊張と似ている。カレンダーが決めるリズムに、体が追いつかないことがある。
天気予報との付き合い方
前日の夜に天気予報を見る。雨なら、明日の計画を少し調整する。無理のない範囲で。持ち物を減らす、早めに寝る、朝の支度を簡単にしておく。
B型の工賃明細を、開く前に深呼吸する日があるに書いた生活帳簿の考え方と同じで、天気も記録しておくと自分のパターンが見えてくる。
予報は外れることもある。それでも、準備しておくことと何もしないことは、翌朝の重さがちがう。
記録が言葉になる
週何日通えれば、ちゃんとしていることになるのかに書いた採点の癖と組み合わせると、「天気と体調の記録」は意外な効用がある。採点の材料ではなく、説明の材料になるのだ。
「この日は雨でしんどかった」だけでは伝わらないことが、「雨の日が続くと午後の集中が切れやすいので、この時期は短めの工程にしています」という形だと伝わりやすい。
記録をつけることで、自分の体調に天気が関係していることを、他人にも、そして自分自身にも、もう少し丁寧に説明できるようになる。
同じ空の下で揺れている人へ
雨の日の朝、布団の中で「今日は無理かもしれない」と思う人がいる。その感覚は、天気のせいにしているわけじゃなくて、身体が正直に反応しているだけだと思う。
天気は誰にも止められない。止められないものに対して、自分のペースを守る方法を少しずつ持っておく。それができれば、雨の日も怖くなくなる。完全には、だけど。
明日も雨かもしれない。それでも、傘を持って歩いていく人はいる。私たちの通所も、あんな感じでいいんだと思う。