『更新します』の一言を待つ数日間だけは、私の働く時間より長く感じられる。
A型という形の重さ
雇用契約があるから賃金が保障されている。それはA型の大きな支えだ。支えであると同時に、契約という形は「続けられるかどうかが、毎回確認される」という構造でもある。
B型の工賃の話を聞くと収入の面では羨ましく思うこともあるけれど、「選ばれるかどうか」の緊張がない点だけは、あちらの方が楽なのだろうと思う。
どちらが正しいとかではなくて、それぞれの形がそれぞれの不安を抱えている。うちの不安は、更新用紙の白い欄に宿る。
不安を、誰にも言えない
支援員さんに「更新大丈夫ですかね」と聞けば、たぶん笑って安心させてくれる。でもその質問自体が「心配されています」シグナルになって、逆に状況をややこしくする気がして、言えない。
家族には通っていると分かっていて、何も伝わっていない気がするにも書いた通り、家の中でもこの話題はぼかしたまま。心配をかけたくないからだ。
だから不安は、通勤路と、布団の中だけで完成する。
更新されなかったら、を考える夜
最悪の想像をする夜がある。更新がなければ、退所の手続きがあって、収入が止まって、次を探す。年金との帳簿を組み直して、家族に説明する。
A型事業所の閉鎖ニュースを、通っている側でどう読むかにも書いたけど、支えのリストを先に言葉にしておくことは、この夜に対する唯一の備えだと思う。
就職後の話になる就労定着支援は、まだ私には届かない制度だ。今の私に必要なのは、今の場所の続き方の情報の方だ。
更新された日の、複雑な安堵
更新は、たいてい問題なく通る。手続きは静かに済んで、いつもの通所が続く。ほっとする。するのに、「よし、また半年頑張ろう」という前向きな気持ちにはなれない。
安堵の実体は「試験に受かった」感覚に近い。次の試験日は、もう半分見えている。
それでも通う。通いながら、いつかこの更新の緊張が少し軽くなる方法を、探し続けている。
自分の側でできる、小さな備え
更新の判断は事業所側にある。でも、判断材料の一部はこちらから積み上げられる。出欠の記録、作業の進み具合、体調の崩れ方とその対処。日々の記録は、自分のための地図であると同時に、隣の人から見える私の姿でもある。
作業所に行きたくない朝は、休めない朝でもあるに書いた通り、無理をしないことが続けることにつながる。記録をつけることと、無理をすることは反対の方向にある。
備えが結果を保証しないことは知っている。それでも、手ぶらで待つのと、地図を持って待つのとでは、夜の過ごし方がちがう。
同じ息を止めている人へ
更新の時期が近づくと息を止めてしまう人は、たぶん周りが思っているより多い。誰も口に出さないから、自分だけが小心者に見えるだけで。
契約の形が続く限り、この緊張から完全に解放されることはないのかもしれない。解放されなくても、軽くする言葉はある。「更新されますように」を、心の中で唱える権利くらいは、誰にでもある。
次の更新通知が、穏やかな文章でありますように。ここからも、そう祈りながら通っています。
更新と合わせて先の話として浮かぶのが社会保険だ。勤務条件が変わったときに手取りがどう動くかを整理した記録は、A型で社会保険に加入する日が来たら、手取りはどう変わるのかにもあります。