『自分の場所は大丈夫』と誰かに言ってもらいたいのに、聞くこと自体が心配を招く気がして、聞けない。

数字として届く事実と、生活として届く事実

調べれば数字が出てくる。厚生労働省の資料によると、2024年度にハローワークが把握した障害者の解雇は9,312人で過去最多、そのおよそ8割が就労継続支援A型の利用者だった。障害者部会の資料には、そう記されている。

報道では、一時期に数百カ所の事業所が閉鎖し、その一部が雇用契約のないB型へ転換したことも伝えられていた。制度上の整理としては、それだけの話なのだと思う。

ただ、通っている側の生活では、この数字は「統計」ではなく「うち」か「よそ」かの二択に折り畳まれる。そして多くの人は、どちらでもない返事を待ちながら、何も聞かずにいる。

聞けない質問

「うちも大丈夫なんですか」。この一言を支援員さんに言えた人は、どれくらいいるだろう。私は言えなかった。言うことで心配を種にしてしまう気がしたし、答える側を困らせる気がした。

聞かなければ普通の通所の日で済む。聞けば、そこから先の空気が少し変わるかもしれない。だから質問は喉の奥に置かれたまま、ニュースだけが積み重なる。

相談すること自体の気まずさは、相談するほどではないけど、ずっと残る作業所の違和感に書いたのと同じ構造だと思う。今回は、それが制度の話に接続されただけかもしれない。

「B型転換」という言葉の重さ

閉鎖しても、B型として続く場合もある、という説明を読んだ。「続く」という言葉に少し安堵して、すぐに違和感が来る。雇用契約の形は変わる。賃金と工賃。月の収入は、生活設計の中で静かに組み変わる。

制度としては同じ福祉サービスの選択肢のひとつなのだと思う。でも受け取る側にとって、それは「家計の前提を書き直してください」という話でもある。年金との帳簿、親への説明、貯められない月々。

悪くなるとは決まらない。ただ、変わり方が自分で選べないまま届く可能性がある、ということが、重い。

失われるのは、作業ではない

もし通っていた場所がなくなったとしたら、失うのは作業場だけではない。体調を知ってくれている人たち、休んだ日に自然に戻れる空気、毎週の生活リズム。そういうものごとまとめて揺れる。

働き始めたら支援が終わる、と思うと怖いに書いたのとよく似た構造だ。次が決まる前から、支えの行方を想像して固まる。

だからこそ、ニュースの数字よりも先に、自分の支えを言葉にしておく方が先かもしれない。何が自分を支えているかを書き出しておくことは、どこへ移るとしても無駄にならない。

不安を持ったまま、確認できること

事業所の運営の内情を本人が全部把握するのは難しいと思う。でも、不安をひとりで抱えたままにしておく必要はないとも思う。市町村の障害福祉の窓口や相談支援専門員は、サービス全体を見られる立場にいる。

特に契約更新の時期を前にした個人的な不安については、契約更新の時期になると、少し息を止めるにも書きました。

「うちがなくなるってことですか」と事業所に直接聞くのが怖ければ、第三者越しに全体の話として聞く形もある。聞き方を変えるだけで、同じ質問が少しだけ軽くなることがある。

A型から障害者雇用を考えたい、と言うのが怖いに書いた通り、次の話を切り出すこと自体が一番重い。閉鎖の話も、結局は同じ「切り出す」の難しさに着地する気がする。

同じ見出しを読んだ人へ

閉鎖のニュースを読んで、自分の通所を思い浮かべた人がいるなら、その感覚は繊細すぎるんじゃなくて、ちゃんと現実を見ている証拠だと思う。

制度の再編はこれからも続くだろう。私たちにできるのは、不安を飲み込むことでも、楽観することでもなく、支えと質問を言葉にして持っておくことだと思う。

「大丈夫」とはまだ言えない。ただ、同じ見出しを読んで固まった朝があったことなら、ここに置いておける。

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