通所しているから平気、というわけではない。ただ、通えているように見えているだけの日もある。

在宅利用に理由があるのは分かる

在宅利用をしている人を責めたいわけではない。通所が難しい理由は、人によって本当に違う。ASDやADHDなどの特性があって、決まった場所に通うより、自宅の環境の方が安定して作業できる人もいると思う。

音や人の動き、急な予定変更、移動そのものの負担。そういうものが積み重なると、外に出て作業するだけで一日の力をほとんど使ってしまうこともある。だから、在宅という選択肢があること自体は大事だと思っている。

むしろ、無理に通所だけを正解にしない方がいい。そう頭では分かっている。分かっているからこそ、簡単に『ずるい』とは言いたくない。

でも、通所している人もしんどい

それでも、通所している人が『通所が平気な人』として扱われてしまう感じには、少し苦しさがある。

私自身、うつや体調の波がある。本当は在宅にしたいと思う日もある。朝の時点で身体が重くて、今日は無理かもしれないと思いながら、それでも休みすぎるのが怖くて家を出る日もある。

通所した日は、帰ってから何もできないまま夜になることもある。机の上のコップを片づけることさえ、明日に回したくなる日がある。

通えているから余裕があるわけではない。通えているように見える日にも、見えないところでかなり削っていることがある。だけど、作業所に着いてしまえば『来られている人』として数えられる。その瞬間、自分のしんどさは少し見えにくくなる。

PC作業が在宅側に偏ると、通所するほど損に感じる

PC作業をしたくて作業所に通っている人もいる。将来の仕事につながるかもしれない、少しでもスキルを伸ばしたい、そう思っている人にとって、どの作業を任されるかはかなり大きい。

PC作業がしたいという気持ちは、ただ楽をしたいというより、少しでも今後につながる作業に触れていたい気持ちに近い。

その中で、在宅の人にはPC作業が回りやすく、通所している人は梱包や発送などの作業に回ることが増えると、通所するほど希望する作業から遠ざかっているように感じてしまう。

梱包や発送が悪い作業だと言いたいわけではない。必要な仕事だし、誰かがやらなければ回らない。ただ、自分が伸ばしたい方向と違う作業が続くと、『私は何のために無理して通っているんだろう』と思うことがある。

在宅の人を責めたいわけではない

ここが一番、言葉にしづらいところだと思う。在宅の人が悪いわけではない。配慮を受けている人を責めたいわけでもない。誰かの事情を軽く見たいわけでもない。

でも、通所者だけが現場作業や軽作業を引き受ける構造になってしまうと、こちらのモチベーションは少しずつ下がっていく。『来られる人がやればいい』という空気ができると、来ている人の負担は静かに増える。

それを口に出すと、自分が冷たい人間のように感じてしまう。だから飲み込む。でも、飲み込んだからといって、違和感が消えるわけではない。

問題は、作業配分とモチベーション設計

本当は、在宅か通所かで単純に分けるのではなく、作業配分の納得感がもう少し必要なのだと思う。

通所したら魅力的な作業に近づける。在宅から少しずつ通所を増やしたら、次の段階に進める。そういう見通しがあると、頑張る理由を持ちやすい。

反対に、通所しても希望する作業から離れていくように見えると、通うこと自体が損に感じられてしまう。これは制度の正しさとは別の、現場で働く気持ちの問題だと思う。

相談するほどではないけど、消えない違和感

これを支援員さんに相談するかと言われると、正直迷う。深刻なトラブルではないし、誰かに何かをされたわけでもない。『作業の割り振りが少し気になる』と言えば済む話なのかもしれない。

でも、こういう小さな違和感ほど、ずっと心に残る。大きな問題ではないからこそ、自分の中で処理しようとしてしまう。そして、処理しきれなかった分だけ、通所への気持ちが少しずつ重くなる。

たぶんこれは、私だけの話ではないと思う。言葉にするほどでもないけど、なかったことにもできない。そういうモヤモヤは、作業所の中にいくつもある気がする。

同じように感じた人へ

もし同じように感じたことがあるなら、そう思う自分を責めすぎなくていいと思う。

在宅の人を責めたいわけじゃない。配慮を否定したいわけでもない。ただ、通所している自分のしんどさも、ちゃんと見てほしい。そう感じるのは、そんなにおかしなことではないはずだ。

通所できている人にも、在宅にしたい理由がある。通えているように見える人にも、見えない負担がある。そのことが、もう少しだけ丁寧に扱われたらいいなと思う。

制度や研究で読み直したいとき

このモヤモヤは、在宅利用者を責める話にしない方がいいと思う。分けて見るなら、在宅か通所かではなく、作業配分の納得感、希望作業とのつながり、通所後の疲れをどう相談するか、という話になる。

制度や研究の言葉で整理したいときは、就労アトラスの在宅・通所と配慮の研究ガイドや、合理的配慮と仕事満足度の整理が入口になります。在宅と通所それぞれの負担を比較した視点は、在宅と通所、どちらの働き方が合うかを見極めるための視点にもあります。

このサイトでは気持ちの輪郭までに留めます。見学や相談に持っていくなら、『在宅か通所かで分ける前に、希望作業と訓練目標に沿って作業配分を確認したい』くらいの言葉にすると、少しだけ責める感じから離れやすいです。

この話の続き

在宅配慮へのモヤモヤを、在宅か通所かの二択だけで終わらせないために、「在宅にしたい理由は、通所が嫌いだからだけではない」でもう少し広く整理しました。

通所できている人ほど言いづらい気持ちは、「通所できている人ほど、在宅にしたいと言いづらい」に分けて書いています。

複数のテーマを横断して読みたいときは、通所のしんどさを、制度と研究で読み直したい人へが全体の地図になります。

在宅配慮そのものを制度と研究の言葉で読みたいときは、就労アトラスの障害者雇用と在宅勤務に整理があります。「配慮は分かる、それでも通所する」側の視点は、ここにしかないはずです。

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