通えている人ほど、困っていない人に見える。だから、助けてほしいと言う前に自分で口をふさいでしまう。
贅沢に聞こえそうで怖い
在宅にしたい理由を話すとき、贅沢に聞こえそうで怖い。移動がつらい、人の気配で疲れる、帰宅後に何もできない。どれも本当なのに、口に出すと弱い理由に見えそうな気がする。
明確な病名や大きなトラブルがないと、相談してはいけないように感じることがある。けれど、日々の負担は大きな事件ではなく、小さな消耗として積もっていく。
その小さな消耗を説明するのは難しい。難しいから黙る。黙るから、困っていない人に見える。その繰り返しがつらい。
通所を否定したいわけではない
在宅にしたいと言うと、通所を否定しているように聞こえるのではないかと不安になる。でも、本当はそうではない。
通所で助かっている部分もある。生活リズム、相談のしやすさ、誰かに状態を見てもらえる安心。そこには意味がある。
ただ、その意味があることと、今の通所量が自分に合っていることは別だと思う。通所を大事にしたいからこそ、続けられる形にしたいという気持ちもある。
小さく言い換えてみる
いきなり「在宅にしてください」と言うのが重いなら、困りごとを小さく言い換えてもいいのかもしれない。移動後の疲れが強い。人の声が多い時間帯がつらい。帰宅後の生活が止まりやすい。
希望を言う前に、まず事実を並べる。どの日に重くなるのか、何が重なると崩れるのか、どんな調整なら試せそうか。そこまで分けると、相談は少しだけ現実の形になる。
通所できている人にも、調整を必要とする理由はある。そこを自分で消さないことから始めてもいいと思う。
同じように言いづらい人へ
在宅にしたいと思っただけで、自分を責めなくていい。通所できているのにと思う気持ちがあっても、その裏にある疲れまで消さなくていい。
言いづらいのは、わがままだからではなく、今の場所との関係を壊したくないからかもしれない。支援を受けている立場で、不満を言うのが怖いからかもしれない。
それでも、続けるための相談はしていい。全部を変えなくても、少しだけ軽くする道を探していい。
在宅希望を相談の言葉にするなら
『在宅にしたいです』だけだと、自分でも甘えのように聞こえてしまう日がある。そういうときは、移動後の疲れ、人の密度、帰宅後の反動、相談しやすい日と集中したい日を分けて話す方が、少し現実に近い。
研究や制度の整理へ進むなら、就労アトラスのハイブリッド勤務と障害者雇用の整理と、在宅・通所と配慮の研究ガイドが近い入口です。
通所を否定したいのではなく、続けるための形を探したい。そう言えるだけでも、少しだけ自分を責める角度が変わると思います。
休むことへの怖さと環境調整の関係は、休んだ日の扱いで、事業所との相性が見えるにも書きました。
在宅配慮へのモヤモヤを、通所している側から書いたものとしては、在宅配慮は分かる。でも、通所している人もしんどいもあります。在宅の居心地の良さとその裏面については、在宅が居心地よすぎると、通所したくなくなるのではにも書きました。