言わない方が楽な日と、言えてよかった日。そのあいだに、気まずい日がまるまる一週間ある。
相談した事実が、ラベルになる気がする
「不満を言う人」「困った人」。そういうラベルを貼られた気がして、自分から口をつぐむ。実際にそう扱われている証拠はないのだけれど、こちらの視線が先に変わる。
周りはたぶん、いつも通りに接してくれている。変わっているのは、自分が「いつも通り」を作るのが下手になったせいかもしれない。
それでも、作業中にふと目が合った瞬間の数秒が、正直つらい。
相手も気まずがっていることに、後から気づく
しばらく経ってから気づいたのだけど、支援員さんの側もどう接すればいいか迷っていたらしい。必要以上に丁寧になったり、逆に触れないようにしたり。気遣いが、距離を作っていた。
お互いが「普通に振る舞おう」とすればするほど、ぎこちなくなる。普通とは何かを、両者が同時に探し始めてしまうからだ。
悪意はどこにもない。ただ、気まずさだけが空気に残る。
「後悔」という言葉ほど正確じゃない
「言わなければよかった」と一瞬思う。でも、よく見るとそれは正確な表現じゃない気がする。言ったこと自体よりも、「言ったあとの余白の使い方」を私は知らなかっただけかもしれない。
相談するほどではないけど、ずっと残る作業所の違和感は、相談する前の飲み込みの話だった。今回はその次の工程。飲み込まずに出したあと、どう戻るのか。
この工程の話はほとんどどこにも書いていない。だから自分で書き留めておくしかないのだと思う。
気まずさを少しだけ減らす工夫
効くか分からないけれど、私がやっていることは三つある。翌日はいつもの挨拶をする。お礼を一言添える(解決していなくても)。そして数日後に「この前の件、少し落ち着きました」と軽く報告する。
休んだ日の扱いで、事業所との相性が見えるに書いた「休んだあとの戻り方」と同じで、相談にも「戻り方」があるのだと思う。戻りやすい場所なら、気まずさは週単位ではなく日単位で薄れていく。
それでも薄れない場所もある。その場合は、場所の問題であって、相談した自分が悪いわけではない。
相談をなかったことにしないために
気まずさに負けて「やっぱり何もなかったことにします」と言うと、次に同じ内容を話すときのハードルが上がる。一度出した困りごとは、合理的配慮をお願いする前に、困りごとを言葉にするで整理したメモのように、小さく記録し続ける方がいい。
すぐには変わらないことが多い。でも、言えたこと自体は、次のための地図になっている。
変化を求めるための相談ではなくて、変化がなくても自分を取り戻すための相談、という位置づけにしておくと、少し続けやすくなる。
同じ気まずさを抱えている人へ
相談した直後の数日が一番重い。あと数日で空気は戻る可能性が高い。その数日を、「やっぱり言わなければよかった」の材料にしないでほしい。
気まずさは、関係が壊れた印ではなくて、関係が動いた印だと思う。動いた関係は、また新しい普通を見つければいい。
言えてよかった日が来るかどうかは約束できない。約束できないからこそ、気まずい日々の記録ごと、ここに置いておく。
次に話すときの言葉そのものが必要になったら、就労アトラスの支援員へ相談する例文集があります。ここは気持ちの側、あちらは言葉の側です。